顎関節と骨格

オクシピタル・オクルージョンとは何か

 当方が提唱する噛み合わせの構築方法は、新しい発想の視点です。これまで噛み合わせ(咬合)は、顎関節にスポットが当てられてきました。しかしながら、咬合を全身目線で探求すると、実際には後頭骨に軸点があることが分かりました。これを私は「オクシピタル・オクルージョン(Occipital Occlusion)」と名づけました。オクシピタルは後頭骨(Occipital bone)を指し、咬合(Occlusion)の意味です。少々専門的な部分も入りますが、「本来の噛み合わせとは何なのか?」ということについて、私が考案したテスト方法もご紹介しながら述べて行きたいと思います。

 

噛み合わせ

 近年では、あまりモノを噛まない生活習慣から、顎の発達は退化傾向にあるといわれています。人間以外の歯を持つ哺乳類を見ても、主食と歯及び顎の発達は同傾向にあり、永年の環境適応としての変化です。そこにきて、20年程前にはあまり騒がれていなかった「顎関節症」という、顎の痛みによる開口及び閉口障害が増えており、口腔内環境の変化は、ますます深刻な時代を向かえることとなりました。
 ここでは、顎関節症のトラブルを、どちらかというと骨格の視点方向から述べています。歯科ではなかなか解決できない苦しみが、骨格へのアプローチ目線に転換することで、嘘のように改善に向かう場面に出くわすことが多々あります。
 さて初めに、顎関節症は一般的に、顎の原因不明な痛みや不快な感覚異常を総称しています。ですから、なんでもかんでも「顎関節症」とされる傾向にあるのも事実です。実際、親知らずが原因になり、顎の横への「側方運動(厳密には前下方の動きと混合)」が阻害されて、顎の機能不全に陥り「顎関節症です」と言われる方は数多くおります。他にも、歯科医院にて、顎の痛みが歯の噛み合わせによるものではないか?との診断を受け、不用意に咬合(噛み合わせ)をガリガリと歯を削ることで調節するという、不可逆的な手段による勿体ない事例と多く遭遇します(中には顎を短縮させる手術まで受けられて治らなかった人もおりました)。
 では、どうして勿体無いことなのかを以下で述べて行きます。

現代医学・歯学界は部分的視野

 冒頭から歯科に対して批判的な物言いですが、歯科の定説として、顎のトラブルは「歯の噛み合わせや、歯と顎との関係が原因だ」という考えがあります。ですから、歯と顎が正しい状態にあるならば、結果正常とし、それでも違和感を訴え、治療を求めるようであれば、外科的処置も辞さない構えです。最後には精神疾患として他の医療機関を提案される場合もあるのです(厳密には後で取り上げますが鬱病との関係性はあります)。ところが、沢山の先人の歯科医師達が、これまで多くの研究を重ねてきましたが、歯と顎の関係だけでは特効的な治療が未だみつかっておりません。確かに、今後の研究で「歯や顎との関連」が明らかになってくる可能性はありますが、私は歯科では大事な視点の見落としがあると感じています。

 

顎の運動は上顎の運動

 これまで医学的にも、顎の運動は「下顎が運動しているもの」とされてきました(図1.)。関節の構造上、部分的な単体の動きとしては何ら間違いではありませんし、むしろ解剖学的見地から(お亡くなりになった動かない体)は、この考え方は全うな見解です。

図1. 嚙み合わせの運動

 

 しかし、ここに根本的な見落としがあります。大きく口を開けると、生きている人間は、下顎の約20分の1程度ですが、上顎(上の歯の埋まる骨)のある頭蓋骨全体も、上方に回転するという現象が起こります。この動きは、ちょうど天井を仰ぐ方向です。つまり、噛み合わせという動きには2つの運動が複合的に存在し、解剖学で言う下顎(顎関節)の動きは、そのうちの1つでしかないということです。
 ではここで、読者の方々でもこの「噛み合わせのもう一つの動き」を感じ取れる方法をお教えしたいと思います。首を傷めないようにゆっくりと、顔が天井側を見るように、首を反って真上を向きます。決して無理はしないでください。これ以上行かなくなったところの位置で首の動きを停めます。次に、この首の位置から、今度は口をゆっくりと大きく開けてみましょう。あら不思議、口を開ける動作に連動して、これ以上反らなハズの首が、更に天井側に動く事が分かります。そう、この動きこそが上顎側の咬合運動です。顎の動きが連動的に首へと作用していることがハッキリと分かります。
 この首との連動検査は、私が考案した「上顎運動可動検査」と呼ぶものです。頚椎の異常も同時に見つけ出すことが可能です(この動的検査は、今のところ医学や歯科業界、整体やカイロプラクティックの分野でも、他に使用している所は見かけません)。
 このことから分かることは、上と下の歯が接触する位置は、下顎だけで導き出されておらず、この「上顎運動可動検査」の軌道で分かる様に、上顎側(頭蓋骨)と下顎側(顎関節)の軌道の交点ということになります。これまでは、カチカチと歯が噛み合う高さは、単に下顎が閉じることによって、上の歯に当たる部分であると認識されてきました。ところが実際には、この上顎と下顎の複合運動の交差するところにあるわけです。ということは、噛み合わせそのものは「上顎側の回転運動(図2.)と下顎側の顎関節運動(図3.)で構成されている」ということになります。
 イメージで例えてみれば、餅つきの杵と臼の関係で、杵が下の顎側、臼が上の顎側です。これまで噛み合わせの運動は、杵が臼を叩くような動きと解釈されてきました。しかしながら、私が発見したこの検査法から分かるように臼側も実際は一緒に動いていたというわけです。

図2.上顎側の咬合運動

 

図3.下顎側の咬合運動(従来の定説)

 

 この上顎側の運動(頭蓋骨の回転)は、ミリ単位の運動です。そんなに小さな動きでおかしくなるの?と思われるかもしれません。しかし、人間の歯は極めて微妙な位置関係で構成されています。
 皆さんも経験があると思いますが、髪の毛一本を歯と歯の間に入れて噛み合わせると、明らかな違和感として感じる取ることができるでしょう。ちなみに、日本人の平均の髪の太さは「0.08mm」といわれています。その数十倍近くの動きをする上顎側(臼の動き)に不調和があると、どれだけ身体で異常な反応が起こることか、想像でもお分かり頂けるかと思います。
 ついでに、私が考案した上顎運動可動検査を行った際に、左右で口が開け難い側、又は大きく開けなれない側、痛みのある側などがある場合、殆どのケースで同側の頚椎にも可動性の異常がみられます。

本当の嚙み合わせ

「咀嚼運動(そしゃくうんどう)=噛む動き」は、これまで顎関節内に軸を持った、下顎骨の顎関節内における複合的運動と捉えてきました。しかし実際には、上顎側にも更に軸を持った、「顎関節運動」と「上顎運動」の二段階式複合運動で行われています。

 

噛み合わせ運動の中心点

 上記で述べましたが、噛み合わせる部分を決定する動きは、下顎の運動路だけではなく、上顎の運動路も考慮しなくてはなりません。ということは、これまで通りに顎関節を噛み合わせの中心軸として論理展開したとしても、全身との調和は無視されていることになります。では、本来の噛み合わせ運動の中心とは一体どこにあるのでしょうか?
 上顎は頭蓋骨側にありますから、頭蓋が天井方向に回転する動きをガイドしている関節を考えれば分かるはずです。この独特の動きが出来るのは、形状的に頚椎1番の「環椎」と「後頭骨」で形成された関節です。
 この関節は、解剖学的に環椎後頭関節(かんついこうとうかんせつ)と呼びます(図4.)。形状は「おわん型」をしており、唯一、顎を引く動作(うなずき動作)(図5.赤矢印)や、顔を上に向けたり(図5.青矢印)するための純粋な球面運動をする関節です。頭蓋骨をボールの球面とすると、この関節は回転台座の様になっています(動画1.参照)。頚椎1番より下も、多少はこの運動を補助しますが、関節構造を見れば一目瞭然で、球面構造にはなっておらず、第2頚椎以下の関節形状とこの動きは一致しません(動画2.参照)。

図4.環椎後頭関節

 

図5.環椎後頭関節の球面形状

 

動画1. 環椎後頭関節の動き

 

動画2. 頚椎の可動方向(上顎運動の方向とは一致しない)

 

 この環椎後頭関節の部位を、私はかみ合わせの運動視点で「噛み合わせの第一次関節」と名付けました。第二次関節は、これまでの中心と考えられてきた「下顎のみの顎関節」となります。よって、かみ合わせの運動は、この第一次関節と第二次関節の2つの動きが絶妙に相まって成り立っているというわけです。

 

 

気が付かなかった理由

 何故これまで歯科からの視点でこの全体性が欠けていたのでしょうか?勿論、先に述べた解剖学的に「静的視点」であったという部分もありますが、私的な考察では、その答えは大きく分けて2点あると思います。

咬合器の呪縛

 補綴物や義歯を作る場合、歯型を取って石膏模型を「咬合器(図6.)」というものにセットします。この咬合器は、いわば個々のかみ合わせを再現してくれる道具です。これの歴史を辿ると、最初は単純な丁番運動(ワニの口の様に単一軸の運動)をするだけのものでした。そこから、より個々の顎の運動を再現できるように、左右の顎の動きに着目し始めました。実のところ、顎関節は半脱臼する構造で、とても複雑な構造なのです。このことから、顔面の位置関係や距離及び角度を計測し、運動路を記録したりして、これを咬合器に反映させるという高度な方法を取り入れてきました(数百万円する咬合器もある)。この流れから、顎=咬合器の研究がどんどんと深化してゆく運びとなります。つまり、出発点から主役そのものが、疑う余地もなく「下顎運動の分析」から学問が熟成した経緯があるわけです。実に奥深い分野ではありますが、昨今では、平均的な下顎運動を再現した咬合器を多く採用していますが、ここにも先にご説明した上顎運動の再現は反映されていません。

図6.咬合器

 

治療の権限がない

 縦割り社会における、分野及び資格設定の副作用ですが、歯科医は歯科と口腔内においての治療権限であって、例えば頚椎の問題を診断することはできません。

「歯科医師は歯の治療、保健指導、健康管理などをします。治療については、むし歯の処置や入れ歯・詰め物・冠・差し歯などの製作と装着、歯並びの矯正、抜歯やインプラントなどの外科的治療に加えて口腔領域の良・悪性腫瘍も対象となります(日本歯科医師会HPより引用)。」

 

 これらのことから、大学教育において、基礎医学として解剖学や生理学は行いますが、治療として例えば、頚椎の運動を歯科で研究しようとか、そういう幅を持たされていないのも事実です。歯科医院のレントゲンひとつをみても、頚椎全体を撮影できるものではありませんし、根本的に口腔内に留まるような仕組みが全体性を失っている原因だと思います。私は兼ねてから、歯科医は医師の口腔外科であっても良いと思っています。

 

顎関節の緩衝材がやられる

 上と下の顎の運動支点は、環椎(第一頚椎)と後頭顆(後頭骨側の関節突起)にあります。これは全身の関節の習性ですが、関節は本来ある場所から変位を起こすと、正常な動きが消失し(整体についてで説明しています)、やがてその周囲の関節がロックされてしまいます(本質的には逆でロックをするから変位を起こす)。すると、噛み合わせの第一次関節は、左右に均等な動きができなくなり、上顎運動の軌道が乱れます。これにより、日常生活で偏った噛み合わせを強いられるわけです。乱れた分は、当然どこかでその分をカバーしなくてはなりません。特にこの場合は、第二次関節(顎関節)がその緩衝役を担います
 なかでも、顎関節にある「関節円盤(図7.)」という軟骨が、上顎及び下顎運動の不調和のしわ寄せ役を担います。
 顎関節症の代表例でもありますが、この関節円盤が口を閉じているにも係わらず、前方に取り残された状態になる場合があります。これにより、口を開けた際に、下顎の骨(下顎頭)が取り残された関節円盤を乗り越えなくてはなりません。そうすると、開口時に顎関節からポキッと音が鳴ったり、動きがギクシャクしたり、痛みが発生したりします。

図7.関節円盤

 

 以上の事から、歯科の業界では、歯と顎の構造や角度などから、顎関節を研究し、この顎関節症に対応しようとしています。これは今でも変わりありません。
 一方、我々の整体業界はどうかというと、例えば整体によって顎を無理やり矯正したり、周囲の筋肉をマッサージしたりしてきました。確かに改善する症例もあるかも知れませんが、これもまた顎関節(下顎運動)にのみ捉われて、ほぼ本質を無視した施術になっていることは言うまでもありません。

ひとりごと

私は兼ねてから、歯科医院でおかしいなと思っていることがあります。それは、かみ合わせを診たり、咬合採取する場合、ヘッドレストの付いたユニットで行うことです。これに対しては大いに異論があります。何故ならば、後頭部を固定してしまっては、上顎運動を完全に阻害した状態になってしまうからです(もちろん立って行う歯科医もいます)。歯科材料メーカー側の問題点でもありますが、ヘッドレストは患者さんが楽に横たわれること、治療者の邪魔にならないこと、衛生的であることを前提として作っています。ですから、かみ合わせの阻害になっているかどうかなど、微塵も考えて設計をしていません。もしも私が設計者であったなら、ヘッドレストは最低でも円軸運動が容易にできる構造にします(治療中は動くと危ないので半固定式にて)。

何を治せば良いのか

 従来の歯科治療によって、噛み合わせを再構築する場合、第一次関節(第一頚椎と後頭顆からなる関節)の運動制限を全く無視して行われています。例えば、この第一次関節を無視した状態で、仮に噛み合わせを作ってしまうと、乱れた顎の運動軌道を強いられます。ですから逆に「顎関節症を生み出してしまう」ことにもなり兼ねません。これを避けるためには、環椎後頭関節を、正常な関節運動に回復させ、歯科的なかみ合わせを構築する必要があります。
 この環椎後頭関節を正常な運動に回復させる方法は沢山あります。最もシンプルなのは、直接的に手技によってこの関節を可動化させればよいのです。しかし、これでは根本的な部分が解決しない場合が多くあります。何故ならば、顎や頚椎は、人体の構造体でも最上部付近に位置する関節であるため、足や骨盤などの歪曲を補正して、結果的に歪んでいる場合があるからです。この場合、起立して歩行をすれば、またすぐに環椎後頭関節に運動制限が再発してしまいます。
 次に全身からの原因について、歯科以外の部分から掘り下げてみます。

 

全身の補正で噛み合わせが狂う

 ここで取り上げるのは一例ですが、骨盤の片方が後方に回転している状態のかたが多くおられます。その場合、骨盤の「腸骨」が後方下方へ回転することにより、それに付く広背筋も後方下方に引かれます。そして、この牽引力が肩甲骨と上腕骨を下に引き下げ、その代償で僧帽筋も引っ張られ、結果的に頚椎一番と後頭骨を傾斜させるのです(図8.)。これにより、噛み合わせの支点が変化し、顎関節に負荷を与えることがよくあります。
 更にこの原因を掘り下げると、腰を支える「大腰筋」の緊張が係わっていることが多いようです。そしてその根本原因には、胎児や乳幼児の発達段階や、母体での細胞分裂の発生段階まで遡ることができます。

図8.骨盤が起点になる

 

腰椎椎間板の代償

 通常椎間板は、背骨と背骨の間に位置し、このクッションとして機能しています。内部は強固な繊維質で出来上がっていますが、研究によれば、上下に圧迫負荷を掛けると、椎間板よりも背骨の方が破損してしまうそうです(背骨の椎体)。これ程までに頑丈な椎間板が壊れる理由は、背骨の歪みにあります。上顎運動の説明のところでも触れましたが、人間の体の関節は、神経機能が失われると、関節が固まり、正常な運動が行えなくなります。そのため、局所部分で関節の動きがロックされ、これが梃の起点となって椎間板の繊維を破壊します。そして、椎間板の真ん中にある「髄核」の位置が移動し、腰椎全体の構造がカーブを描き歪曲します。
 これにより、更に腰椎から上部の構造も補正をするために歪曲し、更に噛み合わせの環椎後頭関節にまで補正が及びます。これが「腰椎椎間板ヘルニア」というものです。ヘルニア以前の「軽い椎間板の繊維輪損傷」でも十分この反応は起こりますが、そもそもどこから「椎間板ヘルニア」と呼ぶべきものか、厳密にはそのラインは曖昧なところです。一応私の考えでは、症状が出たら「椎間板ヘルニアと呼ぶ」としています(図9.)。
 この場合、腰椎椎間板の髄核を元の位置に安定させることが先決です。特に重度の椎間板ヘルニアになってしまうと、下肢への痺れや放散痛、座骨神経痛など、身体的な多かれ少なかれ苦痛が生じます。また、神経の圧迫の度合によっては、皮膚の感覚鈍麻や、足及び臀部の筋力異常も生じます。

図9.腰椎椎間板ヘルニアと髄核の突出

側頭骨は動きます

 死んだ人間の頭蓋骨を解剖すると、頭蓋骨の骨は物理的に全く動くことをしませんが、生きている人間の頭蓋骨は柔軟性によって動きます。この動きは、第一次呼吸と呼ばれており、胎児の時から死んだ15分後程度まで、1分間に平均12~15回の律動的な動きをしています(厳密には膨張収縮です)。
 側頭骨は中でも一番大きな動きをする関節です。その動きは、回転をしながら横に振れる動きであり、まるで駒を回して止まりそうになった時の振れ方に似ています。そして最も厄介な事は、この側頭骨と下顎骨との間に出来上がる関節が顎関節(正式には側頭下顎関節)なのです。仮に非科学的であったとしても、ひとたびこの動きを触知できてしまえば、誰だって「顎関節の異常に関係がある」と思えるはずです。
 側頭骨の乳様突起(耳の後の下の出っ張り)の高さを観察すれば、そのズレの状態が分かりやすいでしょう。これにより、側頭下顎関節の位置は狂い、下顎骨は捻れのストレスを受けることになります。
 厳密には側頭骨は、魚のエラにとても似た動きをします。また、見た目にもそれとよく似ています。人間は肺呼吸に変わってから、エラは退化し、消滅したものだと思われていますが、実際には、魚のエラの動きは人間でも健在です。まさに第一次呼吸は海に住んでいた時の原始的な習性の名残りであって、ひいては「母体の中で生活していた水中生物(胎児)の動き」なのです(図10.)。
 側頭骨が曲がったり捻じれたりしている人の兆候ですが、大雑把な発見方法として、「胸鎖乳突筋」が外見上でも触診でも、硬く浮き出て、庄を加えると痛みを伴う方に異常があることが多いようです。他には、耳の高さや角度の違いも、簡単な目安として便利です。
 ここを正常な位置関係に持ってゆくには、まず全身の歪みを整える必要があります。特に内臓の自動性を回復させることは、重要な作業になるでしょう。何故なら、内臓への施術を行うと、頭の大きさや形が変化するからです。「信じない」という人が多いのですが、おそらく誰でもわかるレベルの変化です。当方も、最近はやっておりませんが、これを発見した時は、面白がって、ノギスで頭を計って施術を行い、その前後でサイズが変わることを患者さんと共通していたことがありました。今では当たり前過ぎて飽きてしまったので行っておりませんが、ご希望の方は、是非一度ご体感ください。経験則では、横隔膜と骨盤のロックが側頭骨の動きを強固に制限していると思われます。

図10.側頭骨は顎関節を形成している

 

横隔膜が噛み合わせにまで影響

 呼吸の最大筋である横隔膜は、内臓に広く接しており、例えば肝臓が自動性を失い硬くなると、同側の横隔膜の動きを制限します。これにより、呼吸の際に肝臓が横隔膜に抵抗を与え、同側では上胸部で呼吸の補助を行うようになります。その補助に使われる筋肉でもあるのが、「前頚部の広頚筋」や「胸鎖乳突筋」です。これらの筋肉は緊張を呈し、付着部でもある側頭骨や下顎骨に負荷を加えてしまうのです。これらは、直接的に側頭骨を後方に回転させたりして、顎の位置(顎位)を変化させる要因です。他にも、横隔神経を司る頚椎3〜5番目までの変位が見られることが多いようです。
 更に横隔膜を直接的に制限する筋肉があります。その筋肉は、インナーマッスルしても有名な大腰筋です。この筋肉は体重を支える仕事を強いられており、無意識の体重配分により、左右非対称な緊張が多いのです。これもかなりの度合いで横隔膜のアンバランスを固定化させてしまいます。

図11.横隔膜(下から覗いた視点)

 

 余談ですが、横隔膜が緊張を起こすと、食道裂孔(横隔膜を貫く孔)を通過する迷走神経に負荷を与え、内臓機能の自律性が顕著に乱れ、胃酸の調節を筆頭にあらゆる内臓の機能に影響を与える事になります。特に近年、何故か内科の分野で流行り始めた「逆流性食道炎」は、横隔膜にある食道を通す穴の機能異常が考えられます。先述しましたが、頚3~5番目から横隔膜の神経が出ていますから、首の痛みや凝りは、逆流性食道炎のサインにもなります。
 また、横隔膜が緊張している人は、呼吸の最大筋(図12.)であることから、息を深く吐けないかたが非常に多い様です。吐かなければ入る余地もなく、慢性的な酸欠状態に陥って生活することになるでしょう。特に脳は、酸素を多く必要とする器官ですから、脳の活動の低下や、学習障害の原因の一つにもなりえます。 

図12.横隔膜の呼吸運動

梨状筋が顎関節の異常を誘発させる

 梨状筋(図13.)というのは漢字の通り、形状が梨の様な形を呈しており、臀部に位置する股関節を動かす筋肉です。この筋肉は、股関節から骨盤の真ん中の仙骨という骨に付着しており、骨盤の歪みに関係します。また、原理は推測止まりですが、この筋肉は「内側翼突筋」の硬さと比例します。例えば親知らずにより、下顎の側方への動き(下顎頭の前下内方への運動)が制限されている場合、梨状筋も同等に固まります。
 また、上顎運動可動検査で口が開きにくい側の同側の内側翼突筋には、緊張がみられるのが殆どです。直接的に内側翼突筋を指で緩める方法もありますが、喉に近い場所に位置することと、違う場所を押して骨折を招く場合も稀ながらあるという話を聞いています。歯科医以外は行わない方が良いでしょう。
 内側翼突筋の緊張は、ギックリ腰の原因になることが非常に多く、腰痛や坐骨神経痛の原因の一つでもある「梨状筋症候群」にも関係して行きます。また、女性の生理痛との関わりもありますので、影響は多岐にわたります。

図13.梨状筋

梨状筋症候群

梨状筋が硬く緊張して、その下を通過する坐骨神経を刺激する症候ですが、酷い場合には足先までしびれが出ることもしばしばあります。これが、まさか噛み合わせと関係しているなんて、想像がつかないことでしょう。しかし、確かにその関連性は密接なものがあります。

硬膜の歪曲

 頭蓋骨の内部は硬膜という脳の周囲を取り囲んだ硬い膜が付着しています(伸縮性を持たない)。硬膜は、脳の他にも脊髄を包んでいて、かみ合わせの運動でも重要な頚椎1番の内面に強固に付着し、骨盤の中心にある仙骨及び尾骨に付着します(図14.)。
 少し話が脱線しますが、尻もちをついて仙骨や尾骨を骨折させた方で、後遺症で悩まれる人が多くおります。痛みだけであれば骨折部位周辺の症状として分かりやすいのですが、硬膜の走行からいえば、仙骨や尾骨の形態に影響を与える様な外傷は、慢性的に硬膜に異常緊張を強いるため、付着部への症状も誘発します。例えば、仙骨や尾骨を骨折したことで、首や肩が凝ったり、これまで取り上げてきた上顎咬合運動を阻害することから、顎関節症の原因になったり、頭蓋内の付着から頭痛や睡眠障害を伴う例がみられます。論文では、睡眠障害とうつ病の関係性が示唆されていることから、「仙骨や尾骨の骨折や外傷が原因でうつ病にまで発展する」ケースは、無関係ではないと思われます。
 さて、話を顎関節の問題へ戻しますが、結局のところ、硬膜の繋がりだけを捉えても、全身というものは、一部だけ歪むことは不可能です。最初に、硬膜は硬くて伸縮性を持たないと述べました。このことから、頭蓋骨全体の歪曲は、当然の事ながら、頚椎の歪みであり、骨盤の歪みとイコールであるといえます。
 頭蓋内に限局しても、「大脳鎌」や「小脳テント」という大胆な付着が観察されます。特に、左右の目の大きさの違いは、頭蓋の歪みを間接的に知る方法でもあり、目の奥にある蝶形骨の位置関係が狂っている証拠でもあります。硬膜の付着から考えれば、これを元通りに戻してから噛み合わせを再構築した方が良いことは想像ができることでしょう。

 

図14.脳と脊髄を覆う硬膜

 

顎関節問題と血圧の異常

 動物の実験では、意図的に歯の高さを低くする様に削ると、血圧の異常が出ることが分かっています。人間の場合も同様の症状があるとも聞いておりますが、何しろ顎関節症の定義を定めないことには、この関係性の因果関係が分かりません。但し、構造的には説明がつきます
 これまで上顎運動は、後頭骨と環椎(頚椎1番)とで形成される部分が中心になっていることを述べて来ましたが、かみ合わせに機能的左右差があると、頚椎1番は回転変位を起こします。そこで問題になるのが血管です。
 頚椎1番の骨の内部には、椎骨動脈という脳へ直接血液を供給する超重要な血管がまとわりつくように走行しています(図15.)。これが慢性的に頚椎の回転変位によって引き延ばされると、人によっては血管への異常負荷になる可能性があります(血管は太さや走行の個体差が多い)。以上のことから、かみ合わせが間接的に血管へ負荷を与えることは可能性としてあり得ることです。

図15.頚椎1番と椎骨動脈

 

かみ合わせとストレートネック

 昨今、流行り言葉の様に使われている「ストレートネック」ですが、スマホ首と勝手に呼んでいるところか結構あります。おそらくスマホやPCを見る時に、顎を引いた姿勢になることからこれがクセになることを指摘した俗語だと思われます。
 顎を引く頷き運動は、首全体でも行いますが、関節の構造上(図2~4)でもご説明した通り、この動きの重心は環椎後頭関節にあります。試しにスマホを片手にして、ゆっくりと大きく口を開いてみて下さい。頭が上に持ち上がりませんか?歯の食いしばりなどで、かみ合わせる動作は、顎を引いた頷き運動となるのです。言い換えれば、かみ合わせが低い、もしくは環椎後頭関節が顎を引く側でロックしてしまっている場合、ストレートネックになるといういうわけです。
 舌スポットとよばれるエクササイズがあります(上の口蓋に舌を当てる)が、この動作も、上顎運動の開口側(図2.)に作用することから、エクササイズという意味では合理的だと思われます。しかしながら、これについても私は単に舌を当てるだけでは意味が半減してしまうと思っています。特に、舌を上顎(口蓋)に当てる動作で、下顎側に開口する力で逃げてしまっては、せっかくの上顎運動を誘発する動きであっても、効果が逃げてしまう恐れがあるからです。
 念のため、体感的に是非やってみて下さい、口を大きくあけてストレートネックの恰好(頷く)は姿勢はできません

歯科治療による原因

 ブリッジ(図16.)が典型例ですが、大きく歯列や高さが人工的に操作された可能性がある場合、その部分は要注意です。正しい上顎運動の軌道を構築しない状態で技工物をセットされた可能性があるからです。
 同じく、義歯やインプラント、ブリッジなどの装着は、少なくとも環椎後頭関節のロックを確実に解消し、微調整を行う必要があるでしょう。勿論、一本の歯であっても同様で、例え本人の噛み心地が良かったとしても、健康を害する位置で固定されてしまっては本末転倒です。
 見た目では分からない問題として、下顎骨の側方運動を制限する補綴物も問題になる可能性があります。特に小臼歯より後に行くに従い、内側翼突筋の運動制限と強く比例するからです。この内側翼突筋は、下顎骨と蝶形骨に付着していることから、双方の運動制限はユニットとして環椎後頭関節の動きを変えてしまいます。

図16.ブリッジのイメージ

構造論から生理学論へ

 さて、これまでは顎関節症の構造メカニズムをご説明してきました。ここからは、最も大事な神経機能のメカニズムにフォーカスしようと思います。
 器(うつわ)である骨格は、中身を効率的に機能させ、それを保護するためのものです。脳神経は、神経の中でも特に重要で、末端の神経とは「格」が違います。これは、脳と直接連結している神経であり、植物で言えば幹から直接出た枝にあたります。例えば、目を動かしたり、見たものを脳へ伝える神経や、舌を動かしたり、咀嚼をしたり、味わったり、臭いを嗅いだりする神経がそれにあたります。
 一方で、この植物の幹から出た直接の枝から、更に枝分かれをした枝というのはどういったものでしょうか?例えば、手の触覚や温度を感じる温痛覚がそれにあたります。これを末梢神経と言いますが、末梢神経は傷を負っても再生能力はありますが、脳神経にはそれがありません。ですから、重要性の配分でいっても、圧倒的に脳神経に歩があるのです。この脳神経は12対あります(最近では13本目が発見されています)。下記のようにまとめてみました(図17.)。

 

図17.脳神経の図(脳底側から)

 

 では、噛み合わせと、これらの「脳神経」がどのように関連してくるのかをご説明いたしましょう。脳神経は12対あると述べました。その脳神経は、全て脳から目的の器官へと走行しているのですが、大事な神経が表面近くを露骨に走行していては、何かの原因で簡単に損傷を起こしてしまうおそれがあります。まるで政府要人の警護のようですが、脳神経は頭蓋骨にある専用の狭い穴のトンネルを通過しており、目的の場所と安全に連絡が取れるように繋がっています。
 例えば、三叉神経について見てみましょう。三叉神経は頭蓋骨の中の「前頭骨」と「蝶形骨」の間で形成されたトンネルを通過しています。ちなみに三叉神経と呼ばれるだけあって、三又になった神経で、ひとつは目の視覚でもある「眼神経」、二つ目は眼の下あたりから上唇、上顎の知覚を司る「上顎神経」、三つ目は、下顎と下唇、ほっぺた、顎の先、舌の前方3分の2の感覚を司る「下顎神経」があります。
 これらはそれぞれ、脳と目的器官との間を通過するのに「●●穴」と呼ばれるトンネルを通過しているのです。例えば上顎神経は頭蓋骨の正円孔(蝶形骨に空いている穴)という穴を通過しており、下顎神経は卵円孔(蝶形骨に空いている穴)を通過しています。
 頭蓋骨の中で目のくぼみを作っている主役は蝶形骨です。よって、蝶形骨が捻転した状態でロックしてしまうと、穴を通る脳神経に微力な持続的圧力が加わり、その部分の神経機能が本来よりも弱まってしまうことが予測されます。
 その神経機能の弱まりを簡単に知ることが出来るのが「舌」です。口を開けると誰でも観察できますが、舌は味覚を感じることが出来る筋肉です。この自由自在に縮ませたり伸ばしたりもできる舌は、三叉神経のひとつの下顎神経の活動バランスを見るのに重要です。
 鏡があれば、ご自分の舌を観察してみましょう。まず、舌の位置が左右均等に収まっているかどうかです。例えば口を開けて、右側面の舌の方が左側面の舌よりも多く奥歯に乗っかっているとか、場合によっては捻じれて片側だけ奥まって見えたりもします。次に、口の外に大きく舌を伸ばして、右と左に動かしてみます。左右どちらかが行きやすく、そしてより多く伸びるかを観察してみましょう。左右差は感じられますか?
 今度は筋力です。これは、神経機能が阻害されているか調べる簡単な方法です。まず、ほっぺたの内側を舌で押してみましょう。押しやすい側や押しずらい側を感じてみます。分かりずらい様でしたら、舌で押して膨らんだ頬っぺた部分を自分の指で軽く押し、舌と自分の指とで力比べをしてみましょう。自分の舌ですから、強く押すことをしなくても、左右で力が入りにくい方が簡単に分かるはずです。
 どれか一つでも左右差が発見されれば、既に下顎神経の通過する穴が、蝶形骨の捻れで「神経機能に影響を与える状態である」ということが分かります。勿論、見た目として目の大きさが違ったとしても、神経機能に影響を与えていなければ問題はありません。見た目の曲がりや捻じれが、必ずしも異常をきたしているとは断定できません
 さて、実際に舌の神経機能が弱まっていたとします。この状態で、噛み合わせを構築する歯科治療を行うと、後から問題が発生してしまうことがあります。何しろ蝶形骨は頭蓋骨の真ん中にある骨ですから、ここだけがおかしな状態になっているとは考えにくいからです。特に下顎をぶら下げている側頭骨(耳の穴がある骨)は、蝶形骨と直接関節を形成していますから、ほぼ確実に下顎の位置も違うことになります。
 では蝶形骨をどう正せばよいのか?という部分ですが、外傷性以外は第一原因が蝶形骨になる事は殆どありません。これまで述べてきた様に、例えば骨盤が後ろに回転したことで、結果的に蝶形骨が捻じれてしまうことも多々あります。このように、全身と噛み合わせについてはとても密接な関係があるのです。

ウツから顎関節症になる?

 昨今、社会問題とも思わる程、うつ病の患者数が増えています。これは、受診する側が「ウツは治療が必要だ」という意識の高さの結果かも知れませんが、これもまた特効的治療方法がなかなか見つかっておりません(HHV-6やSITH-1は注目されている)。しかしながら、新しい研究論文も複数発表されており、中でも理化学研究所(国立研究開発法人理化学研究所脳神経科学研究センター)の研究論文がとても有益でした(詳しくはこちらのページを一読ください)。
 要約すると、アルツハイマーやうつ病の前兆として、睡眠障害を訴える患者さんが多いということ。そして、睡眠が何かしらの原因で慢性的に不足し続けると、脳内の排出物がそこに蓄積して、アルツハイマーやうつ病の要因になり得るということです。この排出物は、脳の周囲にある脳脊髄液が回収を担っていますが、睡眠が浅いと、この排出物を持った脳脊髄液が上手く脳外へ排出されない可能性があります。この脳脊髄液の排出経路は、実のところ、ここ最近まで見つかっていませんでした。よって、同時に研究もそれ程進んでいませんでした。今後続々と新しい発表がなされるとは思いますが、うつ病が仮にこの脳脊髄液の排出の滞りで起こっていたとしたならば、顎関節を運動させる神経の中枢(延髄)も正常な機能が失われる可能性があります。特にうつ病の酷い方では、顔面の知覚や感覚異常、顎の痛みや位置異常を訴えるかたが多く、それらを考えると、脳脊髄液の排出と生産の質に視野を広げてみるのもありです。
 特に延髄の中央部分には、この脳脊髄液を生産する「脈絡叢(第四脳室)」も存在しますので、これらの機能をより円滑に行うために、態々この部位に髄液生産機能を儲けたことは、発生学的に意味深いものを感じます。
 脳脊髄液は脊髄部分では医学的に積極的な還流は行われていないという論文が多くあります。しかしながら、脳脊髄液を格納する硬膜の付着部分の運動制限(歪み)は、この還流に関係なく、間接的に神経機能を低下させます。
 脳脊髄液が硬膜外へ漏れ出る、低脳圧症のかたの闘病日記によれば、あらゆる治療や施術の中で、「クレニオセイクラルセラピー」を受けた後が、短時間ではあったが症状の低減があった(頭痛)と記していました。クレイオセイクラルセラピーとはクレニオ(頭蓋)セイクラル(仙骨)の略で、米国人のジョン・E・アプレシャーが考案したものです。硬膜付着部の制限にアプローチする方法ですが、低脳圧症に効果があったとすれば、何かしらの髄液生産には影響を与えられると考えるのが自然でしょう。また、低脳圧症の発見者でも著名な、篠永先生の講演に出席したことがありますが、顎関節症や胸鎖乳突筋の異常緊張を訴える患者がかなりの割合でいると内容でした。

新咬合平面の求め方

 歯科業界の国家試験の常識でもある、咬合曲面及び平面の求めかた。私はこれを新しい基準にバージョンアップする必要があると思います。例えば、前頭面(真正面から見た)からの視点では、ウィルソンカーブ(Curve of Wilson )においては、図18.の様に、舌側へ沈み込む自然湾曲があるとされています。では、この湾曲は、歯牙の萌出によって勝手に決められているのか?と言えば、そうではありません。私は、これを環椎後頭関節の曲面に比例するという意見です。これまで述べてきた様に、上顎運動は、環椎後頭関節によって起こります。このことから、後に説明しますが、発生学的な骨格形成に歯列は比例します。そもそも、この湾曲を発見したウィルソン氏は解剖学者であり、生きている動的、生理学的運動の視点が決定的に欠けています。生きている身体は単一関節運動ではなく、全身の連動運動によって複雑に機能しています。

図18. ウィルソンカーブの誤り

 

 他にも、矢状面(側方から見た)からの観察では、スピーの湾曲があります。これも、勝手に上下歯列が湾曲したのではなく、環椎後頭関節の平均角度によって求められます。位置的に考えても「耳の穴」は、解剖学的に高さが環椎後頭関節の近くに存在します。よって、スピーの湾曲も環椎後頭関節のお椀型の球面と、発生学的に比例しているものであって(図19.)、耳の穴は、その付近を外観的に捉えやすかったという指標に過ぎないと思われます。また、環椎後頭関節は、左右でお椀の角度が違い、これが左右の歯列の角度差を作っているものと推測されます。

図19. 新スピーの湾曲基準

 

動画3. 実物模型にて

 

 更に、フェイスボウによって活用されるカンペル平面も同様です。この平面は、鼻翼下縁と耳珠上縁を結ぶラインが咬合平面の平均と比例するという基準でしたが、これも、環椎後頭関節の平均角度から求められます(図20.)。

図20. 新カンペル平面

 

 これらの仮説は、当方の膨大な骨格標本の収集によって見つけ出しました。発生学的に頭蓋の変形と歯列は比例し、よって、胎児の時におおよそは決定されているというものです。ですから、フルデンチャー(全義歯)の理想形にあるフルバランスは、環椎後頭関節のお椀形状に比例するのが、発生学的フルバランスであると言えるでしょう。

まとめ

 顎関節症は兼ねてから様々な分野で頭を悩ませていた症状です。特に歯科の分野では、これまで、歯学的な理論を当て嵌めて治療の現場で対応してきました。しかしながら、結果があまり良くない場合がとても多く、その原因は、大事な視点が欠けているからであると著者は思います。最低限、私が考案した「上顎運動可動検査」において、左右の環椎後頭関節(第一次咬合運動関節)に正常な生理学的運動(自動で動ける運動)があり、かつエンドプレイ(他動で動ける運動=関節の遊び)も正常であるかを評価すべきです。何故なら、この運動に異常がある場合、必ず下顎の運動を視点として、技工物が体内に装着されてしまうからです。
 厳密には、クロージャー先生によって提唱された、ABCコンタクトにおける、クロージャーストッパーとイコライザーの関係性は、本来は上顎運動を盲点に論理展開されています。下顎運動は持ち上がる恰好で閉じる運動、一方で上顎運動(歯科では上顎側は運動しないとする)は上から下の歯に当てに行く運動です。つまり、下顎のみの軌道で咬合で安定される構図です。しかしながら本来は、上顎歯が下顎歯に対して閉じ当てる運動こそが重要となり、よって、上顎運動に制限があった場合、本来のストッパーとイコライザーの関係性の全てが乱れます。
 以上のことから、下顎運動のみによって制作された技工物は、上顎側から下の歯に当てに行く運動を制限してしまう結果となり、お世辞にも体に調和した咬合とは呼べないでしょう。
 本来は、歯科は人間の全身の健康に関わる仕事です。これを言葉だけではなく、本質的に遂行するためには、全身からはじき出される計算式の結果として、咬合という仕組みを読み取ることだと私は思います。

 

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