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タイミング

物事の理と言いますか、実力的に難なく熟せることも、タイミングが悪ければ、ちっとも上手くいかないことがあります。

一方で、それとは正反対に、ビギナーズラックの様に、実力や経験が皆無の人が、ベテランの実力者をはるかに上回る成績を叩き出すこともあります。

つまり平均数値のエラー

一見、現代社会で使われている最もらしい数値による表現は、実は結構外れてしまうことがしばしば起こります。

この現象を一般的には「運が悪い」とか「たまたま」などと解釈され、誤ったことの言い訳に辻褄を合わせを行います。

結局のところは「誰にも先のことなどわからない」というところに行き着いてしまいますが、私はこの誤差の大きさを主導しているのが「流れ」という見えない「何か」だと思っています。

いくらそうなる確率が高かろうと「そうなる最善の機会」にしかならない。

これが流れ。

一種のバイオリズムのようなもので、悪いことが何故か立て続けに起こったり、その逆が連発することもソレ。

私はこれまで、結構色々なものの攻略に力を注いで来ました。

その中で最も苦しめられたのは「いつ」という時間軸。結果的に予測した数値には至ったとしても、「あれ〜間違えたかな〜〜」という時がしょっちゅう起こります。

そして「これは失敗した」と結論を出して諦めた時に、急激にその数値まで達している。

「あ〜〜合ってたじゃん!」という結果になる。何でかゾッコンの時には思い通りにならず、諦めたら上手くいく。

つまり、人間の中で最も予測し難いのが「いつ=時間」を読むこと。これが先に述べたタイミング(時間)であったり、流れであったりするものだと思います。

株や為替などを注視していると、これがとにかく厄介。

「ここまで下がる」とわかっていて、毎日注視をしていても下がらない・・・。

そして、まるで見透かされているかの様に「まだ先だ」と注目を外して他のことに夢中になった瞬間、一瞬で・・・。

あぁ・・やっぱり当たっていた・・。

結構こういうケースはたくさんあります。

ですから、流れというものは、自分で意図的にコントロールできない「何か」ということにも言い換えられます。

だからこそ人生は予測不可能。

この変えられない事実を一旦受け入れてしまうと、自分は実は自分だけのコントロールによって動いていないという真理に辿り着きます。

例えば、食パンを1枚食べたとします。おおよその経験則で、ゆっくり食べても3分で完食ができる。

現在AM10 :00だから、3分以内でのAM10:03までには完食をするコントロールは自分でできますよね?

確率で言ったら99.9%

スマホのタイマーでペースをコントロールすれば、難なくこなせること。

しかし、実際に「よ〜い、スタート!」となって食べ始めてみると、喉が詰まったり、隣の部屋から子供が大泣きする声が聞こえてきたり、宅急便がピンポンとやってきたり、はたまた滅多に発生しないマンションの共用部で火災報知器が鳴ったりするかもしれません。

これは、自分がコントロールできることではない出来事。

やれるとしたら、一旦食パンをお皿に置いて、スマホのタイマーをストップし、そして発生した予想外のことを先に対処する。

それが終わって、再びスマホのタイマーをスタートして、食パンを食べる。

そして、全部食べ終わりました。スマホのタイマーは3分ジャスト。

ですが、最初に99.9%難なく3分で食べられるという予測は完全にハズレです。何故なら10:03には食べ終えられず、時計をみると10:20です。

通常はもっと急げば1分で食べられる食パンを、20分要して食べたことになります。

そうなんです。自分は自分の行動はコントロールできると思っていても、それ以外は全くコントロール出来ない。すなわち、自分が支配できることはそう多くはないということです。

一方で、流れの良い時は、食パンを食べている時に子供も静か、電話やLINEすら着信もせず、宅急便も食べ終わった瞬間にピンポンと鳴る。

スムーズ、スムーズ、これは誰の仕業なのでしょうか?

だから、上手くいかない時は、一旦他の事に注力すれば良いのです。

バイオリズム的に99.9%できることが上手くいかない、そんな無理ゲーに身も心もお金も費やしたところで無駄使い。効率的にスムーズな時に投じれば全てが効率的。

仮にですよ?このタイミングに「何か」という働きがあったとします。だったら何かがその気になった時にやれば良い。

この諦めは、若い時にはあまりできないんですよね。ムキになって、ここまでしたら結果が出るだろ!と、とことん自分を押し出す。

でも、10の労力で得られる対価は2〜3がいいところ。結果、7〜8が損なんです。

そこそこ歳を経て行くと、ある意味「諦めも肝心」という思考が働き始めるので、放っておくことができる。

追い風、向かい風を読む感じに近いかな?

つい先日も、確かにここに置いたハズなのに、いくら探しても見つからない紛失物。

もはや興味すら無くなってしまった頃にヒョコッと出てくる・・・。

また、違った観点では、会話も返答のタイミングによって、笑いになったり考えさせられたり、不安に思ったりと、様々な結果の差が生まれます。

同じ言葉で返してもです。これを「間」と呼ぶ様です。

自分が自分の意図で物事が動くという観点の人は、流れで動くことが納得できない。同じことをやったのだから、同じ結果が出て然るべきだと。

まぁ、そういう生き方も否定はしませんが、きっとソレは疲れると思うんですよね。

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