医療には種類がある

一昔前は、ブログを熱心に書いていて、一日一投稿と決めていましたが、最近はめっきり文字での投稿をしなくなっていました。
少し、当院の整体の意味が伝わっていないな?と最近新しい方々について思い始め、やはり定期的に文字発信も必要か・・・という思いに至りました。
しばらく文章を書かないと、結構時間が掛かってしまうんですけどね。
ちなみに、最近流行りのAI文章校正は使っていませんので、誤字脱字、文章の読みづらさについてはご勘弁を。
さて、最初にお伝えしたいことは、整体はまず「症状を追わない」という大前提があります。しかしながら、ネットで調べると、消費者(みなさん)は「症状を治す目的で整体へ行く」というニーズで社会が出来上がっています。
日本人的に分かりやすいように、ここではよく用いられる、西洋医学、東洋医学論を活用して説明していこうと思います。
以下、AI解答
西洋医学:近代科学を土台にして発展した医療体系。
【強いところ】
・感染症、外傷、がん、急性疾患など→即効性・再現性が高い
・命に関わる状況では非常に強力
【一方で苦手なところ】
・原因がはっきりしない不調(自律神経失調症、慢性疲労、機能性疾患など)
・「数値は正常だけどつらい」といった状態
・心身全体・生活背景へのアプローチは弱い
東洋医学:人を「部分」ではなく「全体」として捉え、体のバランスを整えることを重視する医療体系です。中国を中心に、数千年かけて発展してきました。
【得意な分野】
・慢性的な不調(冷え、疲労、不眠、頭痛、胃腸不調)
・自律神経の乱れ
・原因がはっきりしない体調不良
・体質改善・未病(病気になる前)
【効果の限界点】
・効果がゆっくり出ることが多い
・急性疾患や緊急手術には不向き
・科学的エビデンスが弱い分野もある
AIによればこうなっています。
さて、では私の整体の位置付けはどこに所属すると思いますか??
おおよそ、東洋医学の部類に思われれる方が多いと思いますが、実は西洋医学と東洋医学の中間に位置しているものなんです。
まず、整体という言葉の概念ですが、日本の場合「医学と対極的な」とか「医学的治療とは違う」「非科学的」という、いわば民間的に発展した家庭療法(経験則を重要視)の様な位置付けの印象が強い様です。
しかし、私はもともとカイロプラクティックを日本人向けに分かりやすい様に「整体」という名前に呼び変えているだけで、修了したカリキュラムは全てアメリカのカイロプラクティックです。
このカイロプラクティックが日本では法制化されていないため、カイロプラクティックについての認識が「ボキボキ骨を鳴らす」という印象が強く、「日本語でわかりやすくする」を目指したことから「整体」という呼び名にしているのです。
厳密には、私の整体はカイロプラクティックとオステオパシーを中心とした手技療法というのが正解です。
そうすると、次にカイロプラクティック?オステオパシーってなんですか?ということから説明しなくてはなりません。多くの意見を集約したChat GPTに聞いてみると、以下のように返答がありました。
背骨や骨格、神経系の働きに注目し、体が本来もつ「自然治癒力」を引き出すことを目的とした手技療法です。投薬や手術を使わず、主に手で施術を行います。
体を一つの統合されたシステムとして捉え、構造(骨・筋・筋膜・内臓)と機能(神経・循環・呼吸など)の関係を整えることで、自然治癒力を最大限に引き出す手技療法です。
わかりますか?日本はそもそも、カイロプラクティックもオステオパシーも法制化されていませんが、諸外国ではこの「自然治癒を活用した投薬や手術ではない医学」という位置付けがあるんですよね。更に言えば、アメリカでは両者「ドクター」という位置付けにもなっています。
日本だと「ドクター」は医師という印象ですが、アメリカではカイロプラクティクもオステオパシーもドクターなんです。
つまり、科学的根拠を有した「医療」という分類にもなるので、西洋医学と東洋医学の違いで論じると、おそらく日本的にはピッタリ当てはまる分野がありません。
ちなみに、アメリカではドクターにも部類があって、日本の医師(西洋医学)はメディカル・ドクターと呼ばれ「投薬、手術」を施して治癒を目指す職業です。
一方、カイロプラクティックもドクター、オステオパシーもドクターとして呼ばれています。
*日本の様な医師をM.D.(メディカル・ドクター)カイロプラクティックはD.C.(ドクターオブカイロプラクティック)オステオパシーはD.O.(ドクターオブオステオパシー)として正式な国家資格の有する職業
一体何が違うのかというのは簡単で、投薬と手術以外の手技で治癒を目指す職業なんです。
当然、メディカルドクター(日本でいう医師)も、カイロプラクティックドクターも、オステオパシードクターも、全て人の体を診断する法的権限を有しています。つまり、病気か病気でないかの検査をすることが出来るわけです。
私の実体験ですが、今から25年くらい前に、私はアメリカのカイロプラクティック大学で、解剖実習の研修を受けていました。当時はお金がなかったので、昼ごはんを近くの安いお店に毎日通っていました。すると店員さんに顔を覚えられて「毎日、仕事で来ているのか?」と聞かれて、「カイロ大学に・・」と伝えると「そうかドクターか」と言われたことがありました。
日本では単なる整体的な位置付けですが、アメリカとの社会認識の違いを肌で感じた瞬間でした。
当然、診断する権限があるわけですから、D.C.もO.D.もレントゲン撮影や血液検査、がんの検査も行うことができます。
そこで、判明した症状の原因を、じゃあどれで治しますか?というのが諸外国の発想ですが、日本は国民皆保険によって、保険の治療=メディカルドクターの治療という概念があることから、日本国民は自動的に「投薬・手術で治す」という選択肢を提供されます。
その結果、メディカル・ドクター(投薬、手術)による治療が「常識」として、現在の日本では「それ以外は怪しい治療」という感覚が身についたのです。
一方で、これらのことが、日本人の健康管理意識を低くし、思考停止に陥った原因でもあります。
その理由は、投薬や手術は、症状が出てから受ける治療であるために、症状が出ない=健康であるという、極めて短略的な健康観が育ってしまったのです。
